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東京地方裁判所 昭和35年(ヲ)3805号 決定 1961年10月05日

決  定

東京都品川区大井北浜川町一、〇五五番地

申立人

田中幸夫こと

金仁玉

右代理人弁護士

岡部勇二

東京都品川区南浜川町一、八五四番地

相手方

田中清堯

右当事者間の昭和三五年(ヲ)第三八〇五号執行方法に関する異議事件について当裁判所はつぎのとおり決定する。

主文

相手方と申立人間の東京地方裁判所昭和三四年(ヨ)第六、四六四号不動産仮処分決定正本に基き東京地方裁判所執行吏が昭和三四年一二月一日および昭和三五年一二月二二日になした、別紙目録記載の建物に対する申立人の占有を解き執行吏の直接占有に移した執行処分はこれを許さない。

理由

(異議申立の要旨)

相手方は、昭和三四年一一月一〇日申立人を債務者として、東京地方裁判所昭和三四年(ヨ)第六四六四号仮処分申請事件において、

「債務者(本件申立人)の別紙物件目録の建物に対する占有を解いて債権者(本件相手方)の委任した東京地方裁判所執行吏にその保管を命ずる。執行吏は現状を変更しないことを条件として債務者にその使用を許さなければならない。但しこの場合においては、執行吏はその保管にかゝることを公示するため適当な方法をなるべく、債務者はこの占有を他人に移転しまたは占有名義を変更しはならない。」

旨の仮処分決定を得て、右仮分の執行を東京地方裁判所々属執行吏に委任した。右委任を受けた執行吏は、前記仮処分決定正本に基き、昭和三四年一一月一一日その執行をなし、その後相手方の申請により点検をした上昭和三四年一二月一四日には、申立人において別紙物件目録の建物の現状を変更し、仮処分命令に違反したことを理由として申立人占有の右建物内における物件を戸外に搬出し、申立人の占有を解き建物の外廻りなど総ての部分を釘付け封印し、該建物を執行吏の保管に移す執行々為をなし、さらに昭和三五年一二月二二日にも、同一の理由により建物内の申立人占有中の所在物件全部を屋外に搬出し、申立人の占有を排除して空家とし各出入口を閉鎖した。

しかしながら、執処吏の右各日時における執行々為は、つぎに述べる理由によりいずれも不当である。

すなわち、別紙目録の建物は申立外柏熊恒の所有であつて、申立人は同人から適法にこれを賃借使用中であるが、右仮処分決定中に、現状を変更しないことを条件として申立人の使用を認めているのに、申立人において右仮処分命令に違反し前記建物の現状をいちじるしく変更したことを理由に前記の如き執行をした。ところでこのような場合、執行吏はあらたに申立人の占有を排除する旨の仮処分決定を得るか、あるいは授権決定を得て現に占有中の申立人の占有を解くことが正当であるにもかゝわらず、何らたな仮処分命令または授権決定を受けずに法規に定めのない点検という方法により申立人の占有を排除した。執行吏は、民事訴訟法または、執行吏執行等手続手続規則等の法規に基き執行を遂行しなければならないが、前記の場合点検という方法で現に占有中の者の占有を排除できる旨の規定はない。

仮りに右のような場合に執行吏の点検排除という方法で占有者の占有を排除できるとしても、本件は、その理由となつた申立人の仮処分命令違反の事実がない。すなわち、前記仮処分は、相手方が本件建物敷地の土地所有権に基き、建物所有者である申立外柏熊恒および賃借人である申立人に対する右建物収去ならびに退去土地明渡の本案裁判の執行保全のためになされたものであるから、現状変更の有無も右の執行保全の観点から判断しなければならないところ、本件建物は、演芸小屋として建てられた、十年くらいは使用できる恒久的建物で、その内部の舞台および楽屋などは当初から極めて不完全であつたので、普通の建物として使用できるようにするため、舞台はこれを一度とり外して改造し、楽屋はベニヤ板で間仕切りするとともに、四坪くらい外側に向けて拡張(増築)したもので、右の程度の工事では相手方の本案裁判の執行を少しでも困難にするとか、その他これに何らかの影響を与えるものとは考えられないから、仮処分決定にかかげる現状変更には該当しない。

よつて申立人としては、ひき続き本件建物を使用するため、前記の執行行為はこれを許さない旨の裁判を求めて本件の異議申立に及ぶ次第である。

(裁判所の判断)

本件執行方法に関する異議申立書添付の仮処分決定正本同執行調書ならびに点検調書各謄本(いずれも写)によれば、東京町方裁判所昭和三四年(ヨ)第六四六四号不動産仮処分申請事件において、昭和三十四年一一月一〇日申立人主張のとおりの仮処分決定がなされ、相手方は同裁判所々属執行吏に委任してその執行をしたことが認められる。

本件のように、仮処分の目的物件を執行吏保管としたうえ、現状を変更しないことを条件として債務者の使用を許している場合には、通常、その仮処分は、執行保全のためにその目的物の現状を維持することを目的とし、それ以上にあらたなまたは別異の事実状態ないし法律関係を設定することを目的とするものではない。したがつて現状を変更しないことを条件として債務者の使用を許すということは、債務者に対して、債権者からする将来の執行を困難ならしめない程度と方法において目的物を占有使用することを認めていることを意味し、執行吏は、債務者に対して右のような占有使用を許容しなければならないけれども、反対にこれを制限ないし禁止するがごときは許されないものと解すべきである。したがつてまた、ここにいわゆる「執行吏保管」は、条文上の根拠としては、民事訴訟法第七五八条第二項によつて目的物の保管人を置いた場合に他ならないのであつて、債務者の占有使用下にある目的物を、その現状を維持せしめるために、そしてその目的のためにのみ、報行吏の管理に委せることを意味し、執行吏は国家機関として法令によつて与えられた権能の範囲内において、執行保全の観点から、現状の維持を図ることを必要とし且つこれを以つて足りると解するのを相当とする。

執行吏は、前記のような目的物管理の方法として、適時目的物を点検することができるし、仮処分の当初執行または点検に際しては、債務者に対し、現状を変更しないように諭告し、現状を変更するおそれがあると認めるときは事前にこれを抑止し、またすでに現状が変更されたと認めるときは、あらたに作り出された状態を除却してこれを旧に復し、さらに債務者に対し将来に亘つて違反のないように警告する等のことをなし得る。そして、以上の処分、とくに変更された状態の排除や原状回復をなすについて、執行吏は執行機関として具備する通常の機構と陣容によつて可能である場合においては、独自の機能に基き、適当な補助者を使用し、また、強制力を用いてその実現を図ることができるけれども、右の限界を超える場合には、別個の仮処分命令・授権決定等によることを必要とすると解すべきである。けだし、前者の場合にも常に別個の仮処分命令・授権決定等を得なければならないとすれば、執行吏を以て目的物の保管者とし、迅速的確に保全処分の実を挙げしめようとする仮処分の意図はいちじるく阻害されてしまうからである。

目的物に対する債務者使用の方法態様およびその限界等については、第一次的には、個々具体的な場合に即し、仮処分の趣旨に則つて執行吏の認定すべきことである。けれども仮りに債務者がその限界を逸脱し、現状を変更し、その他仮処分を以て命ずる条件に違反したとしても、仮処分主文でべつだんの命令がなされていない限り、執行吏は、債務者に対し目的物の占有使用を全面的に禁止し、あるいはこれを執行吏の直接支配下に収めて事実上債務者の占有使用を不可能ならしめることは許されない。そのようなことは、執行保全のために目的物の現状を維持するという、この種仮処分の目的からみて行きすぎであるのみならず、仮処分命令によつて与えられた債務者の利益を理由なく奪う結果となるからである。

ひるがえつて本件の事実関係についてみると、異議申立書添付の前記各調書写その他一件記録に徴すれば、本件仮処分の執行ならびに点検の経過として、つぎの事実を認めることができる。

一、執行吏は、昭和三四年一二月一一日の当初執行においては、目的物件である本件建物がいわゆる演芸小屋で、仮処分債務者(本件申立人)の単独占有にあつたものと認め、一旦その占有を解いたうえ、現状を変更しないことを条件として同人に限り使用を許した。

二、同年一一月二一日、債権者の申請による点検の際には、債務者が、目的建物内に設置されていた舞台を全部とり外しその材料をその場に存置していたので、これを原状に回復するように警告した。

三、次回の同年一二月一一日の点権の時には、前回の警告にもかかわらず債務者は、舞台の回復工事をしないのはもちろん、さらに建物内に小部屋を作るために間仕切りを施して(Z)約一坪の四部屋は骨組程度の間仕切りをなし、(B)約一坪半の四部屋と約三坪の一部屋はほゞ間仕切りを完成して一部に畳を入れ、(C)約一坪午の四部屋は本件建物の外部に建増しして一部に畳を入れて完成せしめその他部分的に改造工事を施していた。よつて執行吏は債務者が現状不変更という本件仮処分命令の趣旨に違反することを確認し、債務者に対し、本件建物の使用を取消し執行吏の現実占有す移すことあるべき旨を警告した。

四、昭和三四年一二月一四日の点検に際しては、建物の増改築の状況は前回点検時のとおりで、債務者はこれを原状に回復する意思は全く認められなかつたので、執行吏は、本件建物内にある債務者所有占有の動産を戸外表通りならびに裏手露路等に搬出してこれを同人に引渡し、同人が所有権を放棄した若干の古材切れ等の他には何らの遺留品もない状態として、本件建物に対する債務者の占有を解き、建物の外廻り等すべての部分を釘付け封印し、さらに、債務者の占有を解いて執行吏において保管中である旨を記載した公示板を掲げてその事実を明確にした。

五、昭和三五年一二月二二日の点検の際にも、本件建物の占有状況は前示四の点検時と同様であつて、債務者は任意退去を拒んだので、執行吏は所在の物件全部を屋外に搬出し遺留品なき全くの空家とし本件建物内より完全に債務者を排除し各出入口を閉鎖釘付けとし封印を施し、本件建物は執行吏の現実占有中であるから何人もその許可なくして占拠してはならない旨を記載した公示書を建物の入口戸に貼付してその関係を明らかにした。

以上一ないし五の事実関係の下において、仮りに債務者が本件建物の現状を変更し仮処分命令の趣旨に違反したとの執行吏の認定(三参照)が正当であつたとしても、執行吏としては、その認定に基いて、本件建物に対する債務者の占有を全く排除し自己の直接の占有に移して債務者の占有使用を全面的に不可能ならしめたこと(四・五参照)は許されないこと、前記説示するところに照らし明らかである。すなわち、執行吏としては、債務者が本件建物を前記のように改造、増築等して新たに作り出した状態を前示の基準にしたがい、独自の権限に基き、あるいは別個の債務名義に基いて排除してこれを原状に復せしめたうえ、なお債務者をして仮処分の趣旨に従い占有使用させる職責があるのに、その処置をとらず、同人の占有使用を全面的に排して執行吏の直接占有に移したのは、本件仮処分執行の節度を超えた処分として、違法のそしりを免れない。

よつてこの点に関する申立人の主張は理由があるので執行吏のなした本件執行処分のうち前判示により違法となる部分につき本件申立を認容することとして主文のとおり決定する。

昭和三六年一〇月五日

東京地方裁判所民事第九部

裁判長裁判官 小 川 善 吉

裁判官 岡 村 治 信

裁判官 岡 田  潤

(省略)

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